歯を失う原因となっているものは?
歯を失う原因になっているものは、細菌だけではなく力もあります。
細菌感染によって歯を失うという説は歯科医師なら誰もが知っている。
我々が扱う歯科疾患のなかでう蝕と歯周病が最もポピュラーであり、両方ともが細菌感染による感染症である。
この歯科の二大疾患の原因については、昔から医学研究の一番の対象にされて来た。
たとえば、1960年代から70年代に経験した若年者のう蝕の洪水は、発症のメカニズムの解明が十分でなかったから起きたことだと考えられる。
原因となる細菌が特定されて病状悪化の要因も追求された結果、その予防策は歯科のみならず一般社会的にも浸透して、今やかなりなな効果をあげている。
このような感染症としての研究は、歯周病に対しても同様に行われ、その成果として、プラークを除去しなければ歯肉および歯根膜組織に炎症が生じて付着が失われ、支持歯槽骨も溶けてなくなることが解ってきた。
しかし、臨床は多様である。細菌感染発症論に従ってプラーク除去を行っても回復に向かわない患者がいる一方で、口腔清掃に不真面目な患者に発症しない例も少なくない。
このように感染論という一つの論理では説明できない臨床的課題は、多くの医学分野に存在する。
臨床家の目標は、「疾患を治癒に向かわせること」にあり、治せない疾患に出会った時、理論に合わない症例だからと言って捨て去ってしまうわけにはいかない。それがたとえ一例であっても、救うための努力が必要であろう。
一方、歯科医は、歯は大きな力に抵抗できる特別な能力を備えていることを知っている。
しかしこの知識が、強力なドグマとなって新しい思考を巡らす壁となり、歯にかかる「力」を軽んじていることが多い。
力強く何でも噛めることは、歯の健康度を示すバロメーターの一つではあるが、すべてではないことに気づくべきである。
一方、患者も「一口30回噛みましょうという」言葉を合言葉のように守り、一回一回を力強く噛むことでさらに増すはずだと考えている人もいるほどである。
そのことは、まさか力が口腔組織に多様な為害作用を及ぼすことがあるなどこれっぽちもも思っていないことの証である。
日々、いろいろな方面にわたって注意深く観察していると、そのような勝手な思い違いは数限りなく見つかることがわかる。
もしも歯の周囲の病変は細菌感染によってのみ起きる炎症だとするならば、有髄歯の歯根周りや根の先に出現する骨の欠損は、どのようにして起こるものなのだろうか?
これまではさほど重要視されることのなかった疑問である。
しかし、長い臨床経験を多数例経験すると、そのような兆候は、なぜか噛む力の強い患者に多いということに気付くのである。
つまり、炎症の多くは細菌感染によって起きるのは明白であるが、「過大な力によっても起きる」と考えられるのである。
その推測が真実であるという理解しやすい例がある。
打ち身や打撲などである。表面的には傷はないが、内部では炎症が起きている。いまさらという感はあるが、これは炎症論の常識なのである。
そしてこのようなことは、歯科臨床でも決して珍しい事例ではない。