予防が最重要、予防が当たり前の時代がついにやってきた!
近頃のの歯科・予防歯科の考え方
阪大の予防歯科の教授でおられる天野敦雄先生が最近の歯科の予防に関する考え方を分かり易く解説されおられるのを本で見ましたので、ご紹介します。
1)Minimal Intervention Dentistry
医療とは起こった病気を治療すること、長い間そう思われていました。しかし、病気にならずに健康を維持・増進するための予防医療、先制医療が当たり前になりつつあります。欧米の人は散髪屋や美容院に通うのと同じように歯科医院を訪れます。痛くなったからではなく、痛くならないために通うのです。2040年には日本の高齢者人口はピークを迎え、世界一の老人国になります。予防歯科が健口を守り、高齢者の健康を支えなければばなりません。2007年生まれの日本人が107歳まで生きる確立は50%だそうです。日本の健口を100年以上守るのは予防歯科です。
2)予防歯科の1丁目1番地
病気の治療と予防は病因を取り除くことです。バイオフィルムの研究が進み、う蝕と歯周病の病因論が整えられ、取り除くべき病因がわかりました。う蝕と歯周病の病因はバイオフィルムの高病原化です。予防歯科を実践するための1丁目1番地は、バイオフィルムの高病原化がそのようなメカニズムで起こるかを理解することです。そして、バイオフィルムの病原性を低い状態に管理していくことが予防歯科です。
3)う蝕と歯周病の原因は microbial shift
バイオフィルムの病原性が高くなるのは新たな細菌種の参入によるものではありません。常在細菌叢の microbial shiftが原因です。microbial shiftとは、バイオフィルムを取り巻く環境変化(栄養の増加など)によって、悪玉菌や日和見菌が増殖し、バイオフィルムが高病原化することです。その結果、バイオフィルムと歯・歯周組織の間の均衡が崩れ、う蝕や歯周病が発症・進行します。
4)う蝕の最新病因論
①う蝕原性菌(う蝕菌)
う蝕はミュータンス連鎖球菌だけではありません。現在ではScardovia、Actinomyces、Veillonellaといった細菌種もう蝕に加えられています。これらの菌種は砂糖(ショ糖)だけではなく、他の発酵性糖質(ブドウ糖、果糖、加熱加水調理したデンプンなど)も餌にして、発酵性糖質の代謝物である酸を排泄して歯を溶かします。
②う蝕の発生
21世紀になって、う蝕は「脱灰と石灰化のバランスが偏っている状態そのものであり、う蝕=う窩ではない」と定義されました。バイオフィルム中の発酵性糖質が増えれば、それを食べた酸産生菌がたくさん酸をだして、 microbial shiftを起こします。酸に強い酸産生菌(悪玉菌)は増加し、酸に弱いアルカリ酸生菌(善玉菌)は減少して、バイオフィルムはどんどん酸性に傾いてきます。
う蝕の microbial shiftは食事のたびに起こります。う蝕予防の歯磨きでは、食後に残っている発酵性糖質をできるだけ早く取り除き microbial shiftを止めることが重要です。何年か前に、食後30分は歯磨きをしないほうがよいという説がありましたが、病因論に反します。
③う蝕の治療
病気の治療は病因除去です。う蝕の原因は脱灰因子と防御因子の均衡崩壊ですから、脱灰因子を減らして防御因子を増やすことが、う蝕治療です。削って詰めることは病因除去ではありません。
5)歯周病の最新病因論
①歯周病菌
21世紀初頭の歯周病菌はレッドコンプレックスと呼ばれる3菌種(P.gingivalis , T.forsythia , T.denticola)でした。現在では、さまざまな細菌種の協働作業による microbial shiftが歯周病発症の原因であり、レッドコンプレックスがバイオフィルムにいると microbial shiftが起こりやすくなると考えられています。
②歯周病の発症原因
歯周病の発症と進行には4つの原因があります。このうち、遺伝的な体質は変えられません。しかし、他の3つは変えられます。とくにバイオフィルムの病原性を低い状態にすることはまっ先に取り組むべきことです。バイオフィルム細菌のなかには、他の細菌種の産生する代謝産物(排泄物)を栄養として利用するものが多く存在します。磨き残されたバイオフィルムの細菌たちは足らない栄養素を互いに融通し合い、じわじわと病原性を高めて microbial shiftを起こしていきます。
歯周組織の炎症がさらに亢進すると、歯周ポケットからの出血が始まり、歯周病菌が必須栄養素(血液中の鉄分とタンパク質)を摂取します。その結果、歯周病菌は増殖して活発となり、おおきな microbial shiftが起こり、バイオフィルムの病原性は大幅に高まります。歯周病菌と歯周組織の均衡が崩れ、歯周病が本格的に進行します。
う蝕の microbial shiftは食事のたびに起こりますが、歯周病の microbial shiftは数ヶ月から数年あるいは数十年かけて起こります。
③歯周病の治療
歯周病発症の主原因である microbial shiftを元に戻すことが病因除去です。そのためには細菌に供給される栄養を絶たなければなりません。研磨されたキュレットで上手なSRPができれば、歯周ポケット内の細菌量は減少し、ポケット内の潰瘍面が修復して出血が止まります。これにより、バイオフィルムの病原性は大幅に低下します。原因がなくなれば、歯周組織は自然に改善に向かいます。やがて臨床的治癒となりますが、完治ではありません。油断すれば再発するのが歯周病です。歯周ポケットからの出血を見逃すな!です。