生きることは食べることです。
オーラルフレイルについて別項で述べてきましたが、いかがでしたでしょうか?人間は、食べなければ生きられません。
私たちの身体を作っている細胞は短い時間で死んでしまうため、常に新しく細胞を生み出さないと命は、もちません。
食べるということは流れ去った細胞の替わりに新しい細胞を作ることも言えます。
ある終末期の緩和ケア病棟に入院している老婦人の話ですが、ある日担当医が、「具合はどうですか?」と尋ねたところ、
そのご婦人は「私はもう3日くらいで死ぬと思います」と答えました。
そして、「入れ歯の調子が悪いので最後に直してほしいんす」と言ったというのです。担当医は「3日で死ぬといわれたのになぜ入れ歯の話を?」と不思議に思いました。
しかしすぐに歯科医師に連絡し、入れ歯を調整してもらいました。入れ歯を整えた後、そのご婦人は、本当にうれしそうで、「もう思い残すことはありません」と微笑み、
その3,4日後に亡くなったそうです。
また、次も緩和ケア病棟での物語です。この病院には週に一度、どんな無理な注文でも、人生の最期を迎えようとしている患者さんが食べたいというものを調理場で作って提供しています。患者さんが希望するメニューは、その人の過去の思い出につながる食べ物が多いといいますこうした「食べること」と「生きること」にまつわる物語は世界中にあふれています。
それは、50代半ばの咽頭がんの患者さんの話ですが、余命わずかなその方が選んだのは「すき焼き」。その方は、声が出なくなっていたので、10歳以上年下の奥様とすき焼きの鍋を囲み身振り手振りで盛んに、奥様に食べることをすすめたのです。ご本人はもう食べ物は受け付けません。焼き豆腐をほんの一口、口にしただけでした。「妻は自分が死んだ後も、力強く生きていかなくてはならない。だから自分が先に逝っても、きちんと食べて生き続けてほしい」。そんなメッセージが聞こえてきます。そこには奥様に対する深い愛情が感じられました。
豊かな生き方を決めるのは自分自身。それは決して孤独ではありません。
私の経験上でも、長年診させていただいた患者さんですが、がんを患われ、余命となったTさんからどうしても最後に新しい入れ歯を作ってほしいと頼まれ作ったことが、
あります。象りをして出来上がるまで3週間ほどかかりました。入れ歯が、出来上がり装着した翌日に、Tさんが亡くなられました。とても悲しい経験でしたが、奥様から後で
聞いた話ですが、その入れ歯を棺桶に入れてTさんを見送られたとのことでした。過去Tさんだけでなく、他にも5人の患者さんで同じような経験をしました。死期が迫ると歯を良くして最後の晩餐を美味しく味わいたいと思うのでしょうか。