ブラキシズムに関連する口腔疾患
WCら1984年にDr.Leeが歯の歯頸部欠損と生体力学との関係について報告して以来、咬合と歯の硬組織疾患や歯周組織の崩壊などとの関係が注目されるようになった。その後、咬合に由来する生体力学と歯の根元のすり減り(楔状欠損)との関係については、多くの研究者によって研究され、アブフラクションという概念が生まれた。さらに歯のひび、破折、知覚過敏、歯髄死などの多くの口腔疾患が咬合に由来する生体力学が関連していることが解った。
ブラキシズムに起因する口腔疾患をまとめると、次のようなものが挙げられる。
1.ブラキシズムによる口腔疾患(障害)
- 歯・歯質の障害:咬耗、エナメル質のクラック、歯冠の破折、歯冠修復物および補綴装置の破壊、歯頸部欠損、根尖病変、う蝕
- 歯周組織の障害:歯肉退縮、歯周ポケット形成、歯槽骨吸収、歯の動揺、外骨症
- 咀嚼筋の障害:咀嚼筋の緊張、咀嚼筋の肥大、咀嚼筋の疼痛、頭痛
- 顎関節の障害:顎関節の不快感、疼痛、雑音、開口障害、内障
- その他の障害:心理的緊張、疲労、不正咬合、インプラントの破折
2.ブラキシズムによる歯・歯質の障害
これまでの咬合あるいは顎運動に関する研究の多くは、咀嚼のメカニズムや咀嚼にかかわる咬合を基礎としている。
しかし、咀嚼によって上下の歯が接触する時間はきわめて短い。
これに対してもっとも強力な咬合力を発揮するのは睡眠ブラキシズムであり、歯科臨床で問題となっている咬耗、アブフラクション、外骨症、歯周組織の破壊、顎関節内障、筋緊張などの口腔疾患の原因は、睡眠ブラキシズムのお考慮なしには説明できないものである。
それゆえに、不正咬合や咬合理論は睡眠ブラキシズムを基礎において理論体系を再構築する必要がある。
McCoy Gは歯科臨床で長い間無視されてきた問題として歯硬組織の疲労を取り上げ、その重要性について報告している。
その中で彼はこれまで一般的に認識されてきたAttrition、Abrasion、Erosionなどのう蝕以外の硬組織の喪失という考えに対して、さらに重要な要因として力による硬組織の破壊を加える必要があると述べている。
確かに咬合に起因する力学的影響は想像以上に臨床歯科医療に関連している。
先にも述べたように多くの口腔疾患は、強力な咀嚼筋活動をともなうパラファンクション(ブラキシズム)に起因していることが明確にされてきているが、これらに加え、隣接面う蝕や平滑面う蝕などの一部もブラキシズムによる力学に関連している可能性がある。
う蝕はこれまで感染症と考えられてきた。
そのため、これまでの予防歯科医学ではう蝕に対しても歯周病に対しても感染源である細菌を減少させることに主眼がおかれてきた。
しかし、それでは説明できないエナメル平滑面う蝕も存在する。
このようなう蝕の有力な要因の1つとして、ブラキシズムに由来するエナメル、象牙質などの疲労が考えられる。
Turp JCらはエナメルのマイクロ・クラックが感染の場を提供して2次的にう蝕を誘発する危険性を報告している。
確かにエナメルの平滑面に発現している初期う蝕を顕微鏡で観察するとう蝕病巣に関連してクラックが観察され、しかもその内部に細菌叢が観察される。
このことは、う蝕の予防においても咬合由来の外力を無視できないことを示している。
4.ブラキシズムによる歯周組織の障害
歯周組織に対する力の影響として臨床的にみられる症状には、歯肉退縮や知覚過敏歯の歯頸部の微細なクラックがある。
このような歯肉と歯の接合部の変化は深部の歯周組織にも影響するものと考えられる。
歯周病の成立に関する咬合の影響については、外傷性咬合として歯周病発現の増悪因子の1つととらえられている。
歯周病はあくまでも感染症であり細菌の感染がプライマリーと考えられている。
しかし、なぜ局所の限局した部位にのみ口腔内常在菌の感染が成立するのかという点に関しては明確に説明されていない。
体表、口腔粘膜、消化器系の表層など、外界と接する表面はすべて上皮組織に覆われており、外部からの細菌の侵入から生体内部を守っている。
唯一上皮の連続性が破綻している場所は歯と歯肉の接合部である。
歯と歯肉上皮の接合部、とくに接合上皮はきわめて特殊な構造となっており、外来の細菌に対する防御機構も歯肉上皮や歯肉溝上皮とは異なっている。
この部の防御の前線は歯と歯周組織の機械的構造の維持にあると考えられる。
口腔内常在菌が宿主側の局所に感染する場合、局所における機械的防御機構の破綻を無視することはできない。
その要因の1つとしてブラキシズムに由来する強力な歯のゆさぶりが考えられる。
若年者ではプラークが存在しても感染しにくい。
これは、おそらく上皮接合部の防御機構が健全に維持され、局所的環境が感染を容認するほど破綻していないためと考えられる。
すなわち、歯に加わる強力な外力による硬組織の疲労がしだいに歯と接合上皮との間の防御機構を破綻させ、感染する機会が年齢とともに増加するものと考えられる。
ブラキシズムによる負荷はエナメル質の摩耗やアブフラクション、歯の破折、マイクロクラックなどを引き起こすことは知られている。
このような局所の生体力学的環境が初期の感染の場を提供する可能性が高い。
歯周病を単なる感染症とは考えず、咀嚼器官の重要な機能であるブラキシズム(ストレス発散)との関連から再考する必要がある。
5.ブラキシズムによる咀嚼筋の障害
ブラキシズムによる咀嚼筋の緊張は咀嚼器官の諸構造に重大な負荷を与え、多くの口腔疾患の発現に関与していると考えられる。
ブラキシズムによる咀嚼筋の緊張が増大すると、閉口筋の肥大や咀嚼筋の緊張性頭痛を発現する。
頭痛の原因はいろいろ考えられるが、脳MRIや循環系などに原因が全く見られないにもかかわらず頭痛が慢性的に続く場合は、咀嚼筋の緊張による頭痛を疑ってみる必要がある。
われわれの研究結果では、咀嚼筋の緊張はブラキシズムそのものよりも、ブラキシズム時の咬合接触パターンに依存している。
すなわち、同じブラキシズム(グラインディング)でも、いわゆる犬歯誘導型のグラインディングでは、咀嚼筋の筋活動は比較的低いが、第一大臼歯、第二大臼歯などの後方大臼歯に接触がある場合にはきわめて高い咀嚼筋活動が誘発される。
経験的にも、慢性的に続く頭痛で悩ませられている患者の咬合接触パターンを、大臼歯部に干渉のない犬歯誘導型に変更することで、短期間に頭痛が軽減するということが多い。
ブラキシズムによる頭痛は、患者にとってはもっとも重大な症状であり、慢性的に続く頭痛はしだいに精神的な面の負荷が増大し、これがストレスとなって、さらにブラキシズム活動を増加させるという悪循環を生みだすことになる。
6.ブラキシズムによる顎関節障害
顎関節内障の概念が提唱されて以来、歯科咬合学は転換期を迎え、咬合と顎関節という課題は新たな段階に向かって模索を開始した。
顎関節と咬合に関しては、咬合と顎関節症の発現との間には強い関連性はないという意見、咬合と顎関節機能は密接な関連性があるという意見の論争が続いてきた。
しかし、最近になって顎関節症の発現において咬合機能が重要な因子となっているという意見が増加しつつある。
Ⅱ級症例は患者自身が自覚するブラキシズムの発現がⅠ級咬合に比較して高いことや、Ⅱ級症例では有意に顎関節症の発現が高く、また下顎頭の後方偏位がその原因となっていることなどがその理由として挙げられている。
一方、基礎的な研究分野では、顎関節病変の発現機序において関節に加わる機械的外力と滑膜組織における種々のサイトカインの分泌にともなう組織変化が重要であるとして、そのプロセスについてモデルが提案されている。
事実、顎関節内障の進行した症例の顎関節滑液中には組織を破壊するプロアテーゼの活性化が起こっていることも証明されている。
ここで顎関節疾患発現の鍵となる機械的外力は、睡眠ブラキシズムに由来するものがきわめて重大である。
咀嚼運動や呼吸・発音・嚥下という下顎の運動では顎関節への負荷はそれほど大きなものではない。
通常咬頭嵌合位における顎関節への負荷はあまり大きいものではなく、ブラキシズムのような偏心運動によって歯列および顎関節への負荷が大きくなり、とくに臼歯部接触が増加する咬合様式では顎関節への負荷が増大する。
また、これらの負荷は歯の誘導路傾斜の影響を受けることから、顎関節と歯列上の歯の誘導路との関係が重要である。
7.ブラキシズムとその他の口腔疾患
ブラキシズム活動が歯・歯質、歯周組織、咀嚼筋、顎関節など多くの口腔疾患と関連していることは明らかである。
これらに加えて、歯根吸収や根尖病変、さらには矯正治療後の叢生の後戻りなども強いブラキシズム活動に関連している可能性が高い。
また、インプラントの失敗、補綴物の破壊、咬合系の崩壊などもブラキシズムと関連していることに疑う余地はない。
8.ブラキシズムと口腔疾患のまとめ
ブラキシズムでは、ほとんどの口腔疾患と関連しているといっても過言ではない。
歯科的な疾患の難しさは、ブラキシズムという生理的な機能に起因して歯、歯周組織、顎関節、筋肉系など多くの口腔領域に問題を起こすことである。
感染症などのように、特定の細菌の感染によって特定の病変を発現するという単純な原因-結果の関係にないということが混乱を招いている。
たとえば、顎関節症と咬合との関係については、多くの臨床医はその関連性について経験的には認識しているものの、研究レベルでは顎関節症と咬合との関連性はきわめて低いという結果になっている。
ここには2つの問題が存在する。
その1つは、咬合とブラキシズムとを別々のテーマとしてとらえていること、2つ目は顎関節症と咬合との関係をあたかも感染症のように、原因-結果の1対1の因果関係としてとらえられようとしている点にある。
ブラキシズムを取り巻く口腔疾患は、それぞれとブラキシズムが、決して1対1の関係にはない、むしろその関係はきわめて弱いといってよい。
しかし、過剰のブラキシズム活動は鳥瞰的にみると口腔系に何らかの症状をもたらしていることも間違いない。
このような関連性を、Mehta NRはウィークリンクと表現している。
歯科の日常的な臨床において、患者ごとのブラキシズム活動を把握することがきわめて大切となる。
これまでわれわれは、ブラキシズムを病気としてとらえ、ブラキシズムに対する対策をあまり考えてこなかった。
咬合治療後の補綴物の破壊やインプラントの破壊、歯周病治療後の再発、矯正治療後の後戻りといった問題は、そのしっぺ返しとして生体が示す警告であろう。
ブラキシズムと口腔疾患との関係は感染症のように単純ではないことを念頭に、慎重な咬合の診断が必要な理由はここにある。