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歯が1本なくても狂ってくる噛み合わせ

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ある日患者さんが、部分入れ歯が痛いと言って来院されました。つくった歯科医院で調整してもらったほうがいいのでは、と申しあげると、「とんでもないことをいうな」という目でジロリと睨まれました。

「こんな入れ歯を作るヘタな歯医者には二度と行きません」

とりあえずお口の中を拝見すると、下顎の右に1本、左に2本。臼歯の脱落があります。入れ歯は、その3本を留め金で結んだオーソドックスなものでした。

「何年前に作られたのですか。あまり使っていなかったのではありませんか」

「作ったのは3年前です。舌にあたるプラスチックの感じが嫌でめったに使ったことがなかったんですが。今度、海外へ行くことになりまして。入れ歯も持って行った方がいいだろうと、ちょっとハメてみたら全然合わないんです」

なるほど。やっぱりそうだったかと心の中で頷きました。

「最初から、こんなんではなかったでしょう」

「ええ。はじめは具合がいいと思ったのですが」

これで原因が判りました。前の歯科医の責任ではありません。入れ歯を入れないでいた3年のあいだに、残りの歯が少しずつ動いて、口の中の状態が変わってしまったのです。作った入れ歯のせいにされては前の先生が気の毒です。

抜けた歯の放置はとても危険

抜けた歯を治療せずに放置しておいたり、入れ歯を作っても、この患者さんのように外したままにしていると、残りの歯に必ず悪い影響がでてきます。

もし、皆さんの中に抜けた歯を治療せず、長いあいだ放置している人がいたら鏡に向かってイーッと唇を大きく開き、よーく観察してみてください。何かに気づきませんか?そう、歯並びが悪くなって来ているはずです。

残った歯のあいだに小さな隙間ができ、歯と歯が離れてはじめていたり、脱落した歯と噛みあうべき相手の歯の頭がちょっとせり出しているとか、以前よりも出っ歯になっているといったことはありませんか。

たとえ1本でも抜けた歯を放置しておくと、残っている歯が動いて、こうした乱れが必ずでてきます。放置したままにしているとやがて、口の中ががたがたになってしまいます。

これは見た目もよくありませんが、それだけではないのです。前に述べた不正咬合、噛み合わせの悪さが発生し、咀嚼や発音に影響が現れ、ひいてはさまざまな障害が全身にでてくることもありえます。

恐ろしいドミノ倒し

鏡を見て、「異常なし。大丈夫だ」と思っても安心はできません。0.1ミリの微妙なズレでも、大きな影響が現れるのが噛み合わせです。歯が抜けたまま放っておかれた口には、目ではわからなくても、小さなズレが確実に現れてきます。

だって、考えてもみてください。歯を噛みしめると、歯の1本1本に自分の体重に匹敵するぐらいの力が加わるのです。健康な歯は美しく並んで、均等にその力を受け止めますが、その中の1本がなくなればバランスが崩れます。

力の抜ける方向、つまり歯の失われたあとにポッカリ開いたスペースの方へ歯がジリジリと少しずつ移動してしまうのです。

①欠損歯と噛みあうべき歯の頭が、まず突き出てきます。

②なくなった歯の両側も、強い力に押されて寄ってきます。

③前歯にも異常な力がかかるようになり、少しずつ前へせりだしてくるのです。

そうしたずれがさらにほかの歯の動きを誘いますから、全体がガタガタになってしまうのは時間の問題です。まさに歯の将棋倒しです。

ブリッジや部分入れ歯の目的のひとつは、このような崩壊を防いで、美しく機能的に並んでいる歯のスクラムを守ることです。

噛み合わせの悪さは歯周病も悪化させる

私たちの上下の歯は、ちょうどクギと金ヅチの関係になっています。クギを上手に打つには、金ヅチをまっすぐ振り下ろすのがコツですね。斜めから打つとクギが曲がったり、傾いてきれいに打てません。ものを食べるときに歯に加わる力の向きもまっすぐです。垂直方向の力で食べ物を噛んでいます。

ところが、歯の移動で噛み合わせが悪くなると、まっすぐ噛めなくなってきます。金ヅチの中心がちょっと外れると垂直に打ったつもりでも、クギは簡単に曲がってしまいますが、それと同じで斜めの力が加わるようになります。

もともと垂直に噛みあうようにできていますから、垂直方向の力には強くても、斜めや横の力にはからきし弱いのが人間の歯です。噛むたびに横揺れするようになり、これが歯肉にストレスを与え、歯周ポケットをつくりやすくなります。

1本の歯が抜ける。最初に失うのは、誰でも1本です。はじめから総入れ歯にしなければならない人はいません。たった1本ぐらい放っておいても大丈夫だろうと思うその気持ちこそ、総入れ歯へ至る道の入り口となるのです。