口腔機能低下症の疑問に答える
はじめに
2016年に日本老年歯科医学会は、「口腔機能低下症」の定義と診断基準を公表しました。口腔衛生状態不良、口腔乾燥、咬合力低下、舌口唇運動機能低下、低舌圧、咀嚼機能低下、嚥下機能低下の7項目の検査を行い、3項目以上が該当するものを「口腔機能低下症」と判断することを提唱しました。2018年4月の診療報酬改定で、口腔機能低下症に係る検査料と管理料が保険導入されました。これにより、口腔機能低下症の理解とその管理の普及が加速しています。また、2022年4月の診療報酬改定では、その適応年齢が65歳以上から50歳以上に引き下げられました。
その一方で、新たな概念であるため、検査や管理について、疑問をお持ちの方も多いと思います。今回は、多く寄せられる疑問点にQ&A形式でお答えしたいと思います。
Q.どんな患者さんに対して検査を行うことができますか?
A.口腔機能の低下が疑われる患者さんに行います。
➝口腔機能低下症の検査(口腔機能精密検査)は、自他覚的に口腔機能の低下が疑われる患者さんに対して行います。例えば、
- 食べ物が口の中に残るようになった
- 硬い食べ物が食べにくくなった
- 食事の時間が長くなった
- 食事の時にむせるようになった
- 薬を飲みにくくなった
- 口の中が乾くようになった
- 食べこぼしをするようになった
- 滑舌が悪くなった
- 口の中が汚れている
- 口臭がするようになった
以上に示すような兆候が医療面接中に疑われた場合には、検査を行うことが推奨されます。質問のポイントは、以前に比べての変化を確認することです。
加齢変化による口腔機能の低下は、徐々に進行していくため自覚症状に乏しいのが一般的です。患者さん自身も、「年だから仕方ないこと」と思っていて訴えない場合も多いです。ですので、歯科医師・歯科衛生士が積極的に、そのような兆候はないかを尋ねる姿勢が大切です。付添いの家族などに確認してもよいでしょう。
Q.3項目低下していれば、検査を終了してよいですか?
A.7つの検査すべてを行うのが原則です。
➝7項目の口腔機能低下症の検査(口腔機能精密検査)は、口腔機能を多面的にとらえるために必要とされています。7項目の検査では、口腔内の環境の評価、個々の筋力や筋の運動機能の評価、そしてそれらが複合的に働いた結果の評価を行っています。そのため、すべての検査を行うことが重要です。その後の管理計画立案やリハビリテーションのためにも、機能が低下した項目だけでなく、機能が維持されている項目を知っていることが重要になります。
- 口腔内環境の評価:➀口腔衛生状態不良②口腔乾燥
- 個別的機能の評価:③咬合力低下④舌口唇運動機能低下⑤低舌圧
- 総合的機能の評価:⑥咀嚼機能低下⑦嚥下機能低下
Q.検査機器は、口腔機能低下症の検査以外には使えませんか?
A.義歯製作の際に、有床義歯咀嚼機能検査としても利用できます。
➝有床義歯の治療前の診断(補綴時診断)や術前術後の比較のために、咀嚼機能検査を行うことが推奨されています。新製有床義歯管理料「2困難な場合」が算定可能な欠損や左右第二大臼歯を含む臼歯が4歯以上欠損に対して有床義歯を新製する場合には、有床義歯咀嚼機能検査が実施可能です。有床義歯咀嚼機能検査として、口腔機能低下症の検査に用いる機器と共通して利用できるものが2種類あります。咀嚼機能低下の検査に用いるデンタルプレスケールⅡは、有床義歯咀嚼機能検査では、それぞれ咀嚼能力測定、咬合圧測定として実施可能です。
対象患者
- 新製有床義歯管理料の「2困難な場合」に準じる場合
- 舌接触補助床を装着する場合
- 広範囲顎骨支持型装置埋入手術を予定している場合
- 有床義歯を装着する患者であって、左右第二大臼歯を含む臼歯が4歯以上欠損している場合
- 口蓋補綴、顎補綴を装着する場合
Q.すべての検査機器がないと検査できませんか?
A.初めからすべてをそろえる必要はありません。まずは舌圧測定器だけあれば大丈夫です。
➝口腔機能低下症の検査(口腔機能精密検査)の7項目のうち、検査機器が必須の項目は低舌圧のみです。言い換えますと、舌圧測定器さえあれば、口腔機能低下症の検査を始めることができます。検査結果は、記録用紙に記載します。2つの検査項目があるものは、いずれかの検査を行なえばかまいません。より正確な検査のためには検査機器を用いた方法が推奨されますが、初めからすべて検査機器をそろえるのは難しい場合もあるかと思います。ただ、検査機器を用いた方が、より迅速に検査が実施可能です。検査の頻度が増えてきたら、検査機器を使用する方が効率よく検査を行えると思います。
Q.管理中は毎月検査を行う必要がありますか?
A.検査を行わなくてもかまいません。
➝初回の口腔機能低下症の検査(口腔機能精密検査)を行い、管理計画に基づき管理を行う場合、管理中は必ずしも検査を行う必要はありません。保険算定の制約上、検査後6ヶ月を経過した後に、再評価として口腔機能低下症の7項目の検査(口腔機能精密検査)を実施します。その間の管理では、臨床的な観察や訓練の実施状況などを勘案して評価を行います。管理中は、管理指導記録簿に管理の概要を記録します。「口腔機能の状態」は改善、維持、悪化の3段階評価で記載することができます。この際の「維持」は、前回からの大きな変化がないこと(著変なし)を意味します。3段階評価を用いず、具体的な状態などを文章で記載しても構いません。維持・向上を目指している項目や訓練中の項目を中心に、記録をするとよいでしょう。
Q.管理計画書には、どのようなことを書けばいいですか?
A.現在の状況と管理(リハビリ)のゴールを記載します。
➝口腔機能低下症の管理計画書は、従来の歯科疾患管理料に係る文書提供と基本的な考え方は同じです。そのうえで、患者さんへの動機づけ、生活指導、栄養指導など口腔機能低下症の管理に含まれる事項も含めて記載を行います。管理計画書に口腔内の状況や義歯の状態など従来の歯科疾患管理の文書に記載していた事項を記載することで、別途の文書提供を省略することができます。記載に戸惑うことが多いのは、「口腔機能管理計画」の欄かと思われます。この欄には、管理としての口腔機能のリハビリテーションのゴールを記載します。口腔機能精密検査の結果や全身状態などを総合的に判断して決定します。例えば、舌圧が低い場合に舌の筋トレを行って舌圧の向上を目指す場合には「3.機能向上を目指す」を選びます。「2.機能維持を目指す」は、機能低下が軽度の場合と代償的アプローチを行う場合があります。「管理方針」の欄には、具体的な管理方法や訓練方法など記載します。「再評価の時期」は、検査料の算定要件の制約のため、通常は6か月後とします。
Q.管理が行えるのは歯科医師だけですか?
A.検査と管理は、歯科医師だけでなく、歯科医師の指示のもとに歯科衛生士も実施できます。
➝口腔機能低下症の検査および口腔機能低下症と診断された患者さんの管理は、歯科医師と歯科医師の指示のもとに歯科衛生士が実施することができます。歯科医師と歯科衛生士の十分な連携のもとにチームアプローチが大切です。実際の臨床の場では、口腔機能低下症の管理のみを行うことは少ないと思われます。従来から行われてきた歯周病やう蝕のメインテナンス、義歯の調整などは、口腔機能の維持・向上に重要な役割を果たします。それらの基本的な診療に対して、プラスして行われるのが口腔機能低下症の管理だといえます。口腔機能の低下に関心のない患者さんや口腔機能の低下を指摘されて戸惑いを示す患者さんに対しても、歯周病などのメインテナンスと同時に行うことで、心理的な障壁を少なくすることが可能です。生活習慣の改善など、患者さんの生活や社会的背景を理解した上で管理することが大切であり、そのような点で歯科衛生士が口腔機能管理で期待される役割は大きいものです。
Q.管理は毎月行わなければいけませんか?
A.管理計画に基づいて管理の間隔を決定します。
➝口腔機能低下症の管理は、必ずしも毎月行う必要はありません。管理計画立案の際に、患者さんとゴールを共有し、それに基づいて管理の間隔を計画します。一般的には、管理の開始当初は1カ月毎に来院してもらって、進捗状況等を確認し、継続の動機づけを行うことが必要でしょう。セルフトレーニングの理解が進み、実施が確実になってきたら、徐々に感覚を開けてもよいでしょう。管理計画立案の際には、患者さんと現状とゴールを共有しておくことが成功につながります。単に、身体的な口腔機能の維持・向上をはかるだけでなく、社会的な側面や精神・心理的な側面からもアプローチを行うことも重要です。そのような背景も、管理の間隔の決定に考慮します。
Q.舌圧が低下している場合は、どうすればいいですか?
A.専用のトレーニング用具を用いた抵抗訓練が効果的です。
➝JMS舌圧測定器を使用して舌圧測定を行い、その結果が30kPa未満の場合には低舌圧と判断します。低舌圧が認められた場合には、舌の筋力アップのトレーニングを実施します。舌の筋トレには、抵抗訓練が効果的です。スプーンなど利用して行うことも可能ですが、専用のトレーニング用具であるペコぱんだ(JMS)を利用するとよいでしょう。最大舌圧の85%以上となる強度を選択し、5回3セットとして、1日3回程度行うとよいでしょう。ただし、患者さんの実施状況や生活習慣に合わせて増減させてもかまいません。
Q.何をカルテに書けばいいのかわかりません。
A.検査結果だけでなく、患者さんの状態やリハビリテーションに対する取り組みなども記載しましょう。
➝従来の処置を中心としたカルテ記載ではないため、初めは記載方法に戸惑うのは当然です。しかし、実態に則して、SOAP形式で記載を行なえば、従来と大きく異なることはありません。
口腔機能低下症の検査や管理は、形態回復が中心の歯科診療とは異なる点が多く、取り組みにくいと感じることも多いと思います。しかし、患者さんの食べる・話すといった機能を守るという目的は、従来の歯科治療と何ら変わる所はありません。ただ、形態と機能の両面からアプローチをするという視点が追加されただけです。ですので、あまりハードルを高く感じることなく、ぜひ気軽に口腔機能の検査や管理に取り組んでいただきたいと思います。